大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所秋田支部 昭和46年(行コ)2号 判決

控訴人 秋田南税務署長

訴訟代理人 村重慶一 ほか七名

被控訴人 株式会社古井商店

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人指定代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、左のとおり附加するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これをここに引用する。

(控訴人の主張)

原判決は、昭和四〇年法律第三四条による改正前の法人税法(以下「旧法人税法」という。)第二五条第九項後段は、青色申告書提出承認取消の基因となつた具体的事実が附記されることを当然の前提としているものと解するのが相当であるとし、本件取消処分通知書には該当条項のみで、具体的事実が全く摘示されていないから、法の要求する理由の附記が不備であり、本件取消処分は違法であると判示される。

しかし、原判決は法律の解釈を誤つたもので、本件取消処分は適法であるといわなければならない。以下その理由を明らかにする。

(一)  旧法人税法第二五条第九項後段(以下「本件条項」という。)の規定は、更正決定その他の処分の場合に「その理由を附記しなければならない。」と規定しているのに対し、特に規定形式を変えて該当条項のみを附記すれば足りる趣旨で、 「取消の基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するかを附記しなければならない。」と規定したのであつて、このことは、立法の経過および旧法人税法の他の理由附記に関する規定との対比から首肯されるところであり、これを素直に解すれば、該当条項の附記で足りるものと解するのが相当であり、手続的規定である以上、特段の事由がない限り文理解釈すべきが当然であつて、特に別異に解釈しなければならない合理的根拠はないものと考えられる。すなわち、法が青色申告承認を取消す場合、その実体的要件を第二五条第八項の第一号から第五号までに規定し、その手続的要件として同条第九項の規定を設けているのであるが、右実体的要件を各号に列挙し、しかも、その事由を定型的に明示していることから、青色申告承認を受けている者からすれば、その承認の取消の場合、該当条項が示されることによりその具体的事実は当然了知しうるものである。

(二)  戦後、税制の民主化にともない、所得税、法人税の分野において、従来の賦課課税方式にかわつて、納税者の自主的申告によりその納税額を確定するいわゆる申告納税方式が採用されたが、この申告納税が円滑、公正に実施されるには、各納税義務者がその取引関係を正確に記帳した帳簿を備え、これによつて所得が過誤なく把握される体制が整備される必要があるので、このような記帳の慣行を普及するために青色申告制度が設けられたのである。

したがつて、青色申告制度は、所得の基因となつた一切の取引関係を組織的かつ継続的に記録した帳簿の完備を前提とし、かかる帳簿のみを基礎にして税額を確定しようとするものであるから、本制度を実施するには帳簿に信頼性のあることがもつとも肝要であり、備えつけた帳簿が不完全であつたり、あるいは信頼のおけないものである場合には、青色申告によつて公正な納税を実現することはできないのである。

ところで、原判決は、「青色申告承認の取消通知書に理由を附記すべきものとしているのは、納税者に対するいわば制裁処分として青色申告制度の特典を剥奪するものであるから、行政庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、取消の理由を知らせることによつてその処分に不服ある者が提起する争訟における攻撃の対象を明確に特定し、不服のある者に便宜を与える趣旨である。」としている。最高裁における行政処分の理由附記に関するものとしては、昭和三八年五月三一日第二小法廷判決(民集一七巻四号六一七頁)があり、これによれば、 「一般に、行政処分に理由を附記すべきものとしているのは、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものであるから、その記載を欠くにおいては処分自体の取消を免がれないものといわなければならない。ところで、どの程度の記載をなすべきかは、処分の性質と理由附記を命じた各法律の規定の趣旨、目的に照らしてこれを決定すべきである。」としたうえ、「所得税法四五条一項の立法趣旨、目的と更正処分の性質を検討して、附記すべき理由として、特に帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにすることを必要とすると解するのが相当である。」と判示しているのであつて、直ちに処分の具体的理由を示すべきものであるとは結論づけていないのである。最高裁判決は、あくまでも当該処分の性質と理由附記を命じた各法律の規定の趣旨、目的に照らしてどの程度の記載をなすべきかを決定すべきであると判示しているのである。しかも、このことは、法が「理由を附記しなければならない。」と規定している場合に関するものであり、さらに現行法の下では不利益処分をなすについては処分理由を附記しなければならないとの法規範は、一般に定立されていないのであつて、判例通説においては、法が理由附記を命じている場合に限り、その附記された理由の適法性が論ぜられるに過ぎないのであり、かかる規定がない場合には理由附記を要しないものとしているものと解してよいであろう。本件の青色申告承認取消については、法は「理由を附記しなければならない。」とは規定せず、より明確に該当条項を記載すべきものとしているのであるから、原判決が青色申告承認取消に具体的理由を附記すべきものとしているのは誤りといわなければならない。

つぎに、本件条項を文字どおり解釈すれば、該当条項の記載のみで足りるものと解すべきであるが、なお、取消の基因となつた事実をも記載すべきものと解すべき特段の合理的理由があるかどうかを考えるに、まず、その前提として右最高裁判決が判示するように、本件承認取消処分の性質と附記を命じた法の趣旨、目的を検討する必要がある。

そこで、更正処分との対比において青色申告承認取消処分の性質について考えてみるに、まず前者は納税者から提出された納税申告書に記載された課税標準等が国税に関する法律規定に従つていなかつたとき、その他当該課税標準等がその調査したところと異なるときは、その調査により当該申告書にかかる課税標準等を更正するものである。したがつて、その更正は、当該法人の課税標準等の数額にかかわるものであり、税務官庁が当該法人において誠実に記帳したその信頼性ある帳簿書類に即して、調査した結果、金額と科目の点に誤りを発見した場合になされるものであるから、当該法人の右帳簿書類の記載以上に信憑力ある資料を摘示して、更正の具体的根拠を通知しなければ、当該法人としては、更正金額が何故に生じてきたかを知ることはできないのである。したがつて、更正の理由附記としては、いかなる勘定科目にいくばくの脱漏があり、その金額はいかなる根拠に基づくものであるか、その記載自体から納税者が知りうるほどに明示されねばならぬことになるのである。

これに対して、青色申告の承認取消は、そのようなものではなく、帳簿書類の備え付けと記帳が、前述した信頼関係を裏切り、法第二五条第八項各号所定の事由に該当するに至つた、そのこと自体を確認し、そして、その承認を取り消すものであつて、そこでは、個々の具体的数額が直接問題となるわけではないのである。

元来、青色申告の承認は、事業年度開始の日までに、所轄税務署長に法定の事項を記載した申請書を提出することにより、普通は拒絶されることなく得られる建前になつている(旧法人税法第二五条第五項第六項参照)。

しかしながら、この承認がなされた時点において、直ちに青色申告法人としての特典を享受できるというものではない。いなむしろ、この法人が法定の帳簿書類を備え、当該事業年度を通じ的確に記帳し、これに基づき、決算整理を行ない、決算書類を作成し、これに基づいた確定申告をしてはじめて青色申告法人としてのいわゆる特典を享受できるにすぎない。要するに、当該事業年度を通じ、誠実かつ信頼性のある帳簿書類の記録態度が持続され、それに基づく適正な所得計算がなされたとの実態がととのつていなければ、確定申告の時点において、青色申告の特典が生かされることもないのである。それ故、青色申告の承認は、これを申請すればたやすくその承認を得られるわけではあるが、しかし、全事業年度を通じ、法所定の帳簿書類を完備し、誠実にこれが記帳を続けそれに基づく正しい会計処理と所得計算をするものでなければこの帳簿書類に即して課税標準等を算定することはもはや期待できないのであるから、そのような場合には、青色申告法人としての特典はもちろん、青色申告法人としての承認を取り消されてもやむを得ないものといわねばならない。

したがつて、青色申告承認取消処分は、かかる誠実な信頼性のある帳簿書類の完備と記帳が行なわれていないという場合に、そのことを確認する意味において当該承認を取り消すものにほかならない。故に、この処分は一旦与えた特典を将来にわたつて剥奪するものでなければ、制裁的機能を有するものでもない。

このように、青色申告承認の取消は、誠実かつ信頼性のある帳簿書類を完備記録していない納税者に対し、その帳簿書類の信頼性と誠実性の欠如を理由にこれが承認を取り消そうとするものであり、その信頼性、誠実性の欠如を示す該当条項を附記すればたりるものとしており、個々の科目や数額をその帳簿書類に直接関連させながら逐一克明に摘示しなければならない必要性は全くないのである。

したがつて、青色申告承認取消処分と更正処分とは互にその性質を異にしているばかりでなく、これが処分通知書に当該処分の理由を附記しなければならないその必要性と趣旨も異なるものであるから、その附記さるべき内容(ないし態様)はおのずから相異なるものといわなければならない。

しかして、法は、信頼性、誠実性を欠くと認められる青色申告承認取消の事由として、具体的な場合を五つの類型に法定化し、それぞれ独立した取消事由として第二五条第八項の第一号ないし第五号に明文化しているのである。そして、これらの各取消事由は、一般の青色申告法人にとつては、いかなる意味内容を当該法人の帳簿書類の整備記帳との対応の関係において有するものであるかを、十分に認識しうるように明確化されているのである。

ところで、青色申告承認取消の通知書は、実務の通例として、当該法人が何ら関知しないところに卒然と届けられるということは全くない。ほとんどすべての場合、これらの処分に先だち当該帳簿書類の調査が行われ種々の質疑がこの帳簿書類の記載をめぐつて、当該法人の経理担当者と税務調査担当者との間に取り交されるわけである。そして、これらの税務調査に基づいて右承認取消通知が発せられるのであるから、そこに記載されている取消事由の該当条項をみれば、右税務調査をふまえて、所轄税務署長がいかなる判定に基づき、当該青色申告承認を取り消すに至つたものであるか了知することができるのである。

さらに、この青色申告承認の取消は、それと同時に更正処分がなされるのが通例である(もちろん青色申告承認取消処分は更正処分に先だつてなされるものである。)。この場合、全く推計課税の方式だけで、所得計算を行ない更正処分することももちろん可能であるが、多くの場合は、当該法人の帳簿書類を参考にしながら、実額計算方式により所得計算が行なわれる。したがつて、この更正通知書と青色申告承認取消通知書とを対比しながら、かつ税務調査の全過程を総合勘案するならば、いかなる取消事由に該当して、青色申告承認が取消されたかを了知することが十分可能である。

したがつて、本件条項により、法がその記載を命じているところは、第二五条第八項の第一号ないし第五号のいずれの取消事由に該当するかの「該当条号の附記」にあり、それ以上に、その具体的根拠等を克明に示さなければ附記理由として不備であるとの違法評価をうけるものと解すべきではない。

(三)  原判決は、青色申告承認取消処分の具体的事由が当該処分通知書の記載自体から明らかにされていなければならないとの見解のもとに、本件取消通知書に該当条項を附記するのみでは不備であり、本件取消処分は違法であると判示されている。

しかしながら、法が理由の附記を命じているのは行政の適正化と納税者の権利救済に資せんとするにほかならない。それ故に、その処分の理由が当該処分通知書の記載からしか了知しえないような場合であるなら、もちろん具体的事由を明らかにしなければならないであろうが、処分の通知書の記載が他の事情と相俟つて、処分の具体的理由を了知し得るものであるとき、すなわち、事案の全体との関連において右記載が法の要求する附記の要件を充たしていると認めうるならば、なんら前述した理由附記を命じた法の趣旨を没却するものではないから、違法な処分として取り消さるべきものと解すべきではない。

そこで、本件事案についてみるに、被控訴人は、異議申立書(乙第一七号証)に本件処分の理由を具体的に記載して不服の申立をしていることから、いかなる具体的理由で本件取消処分がなされたか十分に了知していたものといわなければならない。それ故に、本件事案については、右取消通知書の該当条項の附記をもつて、十分法の要求する附記の要件を充していたものと解せられ、 「取消の基因となつた事実」まで附記しなければならない合理的理由はないのであつて、本件通知書には何らの違法のかどはないものといわなければならない。

(四)  また、原判決は、取消理由が通知書自体において明らかにされていることを必要とし、後日異議決定書もしくは審査裁決書に記載することによつて、これを補完することも許されないと判示されている。

しかしながら、たとえ青色申告承認取消の通知書の附記に不備な点があつたとしても、異議申立ないし審査請求に対する審理において新たな主張や資料によつてさらに検討が加えられた結果に基づいて十分な理由を附した決定。裁決がなされれば、訴訟において、理由不備の形式的瑕疵の故をもつて、原処分を取り消し、あらためて理由の附記をさせる必要はない。けだし、裁決までの理由附記がととのつておれば、処分の相手方は、それを閲覧することによつて、原処分につき、訴提起を要するかどうか適切に判断することができるし、他面、原処分庁である異議決定庁が、そしてまた、直近上級行政庁として原処分庁に対する監督権限を有し、原処分を裁決において変更する権限を有していた裁決庁が、原処分の附記理由としても十分と思われる理由を附した判断を示しているときには、原処分庁にあらためて理由を附記させてみても、所詮右判断と同様となり、それ以上理由づけを期待する必要もないわけで、このような場合、法的安定を破つたり行政経済に反したりまでして、原処分をやり直させる理由は全く存しないからである。

そもそも、異議決定は、大量的集団的な行政処分について慎重に決定する時間的余裕の十分にない場合の不服申立として発達してきた沿革を有し その性質は 一般に処分庁自体の自己反省であり、その作用は、処分手続の一環としての性格を有するものと解されている。また、審査裁決は直近上級庁の指揮監督権の表現という性格をも帯びたものである。したがつて、国税に関する原処分、異議決定、審査裁決の三者は、いわば同一の目的を追う一連の手続を構成するものと観念することができる。

したがつて、本件については、審査請求に対する裁決書において理由を附しているのであるから、取消通知書における理由附記不備の瑕疵は、これにより、治癒されたといわなげればならない。

(被控訴人の主張)

(一)  控訴人は、旧法人税法第三二条の青色申告書に対する更正処分における理由附記の規定と同法第二五条第九項後段の青色申告承認取消処分における処分該当条項記載の規定とは、その趣旨および必要性が異なるから、同一に論ずることはできない旨主張する。

しかし、同一の事実が青色申告承認取消の事由と青色申告書に対する更正処分の事由とに重複して該当する場合、青色申告承認取消が裁量行為である関係上、更正処分のみがなされ、承認取消処分がなされない場合がありうるし、かような場合は、事案が比較的軽微な場合に限られるであろう。しかるに、かような場合には、理由附記が必要とされ、より重い事案である承認取消処分のみの場合には、抽象的な該当条項が示されるのみで、理由の記載が必要とされないとすることは、著しく均衡を害し、正義、公平に反するのみならず、法人税法が租税法律主義の建前に基づいて制定され、申告納税制度や異議審査制度を採用して、国家の徴税権を制限し、国民の財産上の地位の安定を図つている趣旨を看過するものといわなければならない。

(二)  つぎに、控訴人は、青色申告承認取消処分の場合、該当条項が示されることにより相手方はその具体的事実を当然に了知しうる旨主張するが、右主張は誤りである。

すなわち、旧法人税法第二五条第八項第三号は、青色申告の承認取消事由として、「当該法人の備え付ける帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載する等当該帳簿書類の記載事項の全体について、その真実性を疑うに足りる不実の記載があること。」と規定し、他方同項は、「その事実があつたと認められる時までさかのぼつてその承認を取消すことができる。」としている。したがつて、かりにある事業年度の八月一五日の取引が隠蔽であるとすれば、八月一五日以降の青色申告の承認が取り消されるのではなく、事業年度の始期以降にさかのぼつて取り消されるのである。要するに、事業年度の中途からの承認取消と始期からのそれとの間にこれを区別すべき実益がないからである。

そして、前記のように、処分の相手方としては、青色申告承認取消処分と更正処分との両方を常に受けるという関係にはないのであるから、承認取消処分を受けた場合(本件の場合には、取消事由が発生したと称される年度から五年も経過してから取消処分を受けたのである。)、三六五日中の無数の取引のうちどの.取引が隠蔽または仮装であるというのか皆目不明であつて、これでは不服申立のしようがないのである。

本件の場合、被控訴人は、異議申立書(乙第一七号証)に本件取消処分の理由を具体的に記載して不服の申立をしたが、それは、本件取消処分後に更正通知書の送達を受け、その内容を確かめた結果、処分の理由となつた事実を了知しえたためであり、もし更正通知書の送達を受けなかつたならば、逐一税務署に確かめるほかはなかつたのである。

ところで、このような場合、税務署が具体的事実を知り、これを教示する義務があるか否かがまず問題であるが、具体的事実を知るというからには、その事実を記帳することが必要であり、教示するというからには、その記録を取り出してこれに基づいて教えることになるであろうが、大量の処分を画一的に迅速に処理しなければならない行政事務としては、このように処分後に教示する方法によることは、いかにも非能率的であり、もしその教示が文書によらなければならないとすれば、青色申告承認取消処分書にその理由を記載した方が能率的である。

ともあれ、根本的には青色申告承認取消処分につき理由教示の義務を明文化したものは、旧法人税法第二五条第九項後段の規定以外にはないのであるから、控訴人主張のように、該処分の通知に具体的事実を摘示する必要がないと解するならば、処分の相手方からその事実を知る機会を永遠に奪い、異議申立等の救済措置をとることを全く封ずることになるであろう。すなわち 相手方は数々の取引の中から当て推量に理由を選択して異議申立をすると、処分庁側からは、その主張のような事実に基づく処分ではないから、異議は失当であるという、いわば「のれんに腕押し」式の回答がなされることになるからである。

(三)  さらに、控訴人は、被処分者において異議申立や審査請求をすることにより、その決定や裁決で十分な理由が示され、それによつて原処分の基因となつた具体的事実を知ることができるから、原処分のさいに具体的事実を示す必要はない旨主張する。

しかし、異議申立に対する決定には具体的理由は示されない(現に本件における異議申立に対する決定は、 「原処分に誤りがない」というだけで、なんらの理由を示していない。)し、裁決書でも十分な理由は示されない(本件における裁決書には、理由らしき記載があるが、それは抽象的な記載であつて、本来の理由とは解されない。)のであるから、審査までの手続は、処分の相手方の救済に役立たず、相手方は、訴訟の段階に至つてはじめて処分の理由を具体的に知りうるのである。したがつて、控訴人の右主張は誤りである。

証拠〈省略〉

理由

一  被控訴人が自転車の卸売を業とする会社であること、被控訴人が控訴人から青色申告書提出の承認を受けていたところ、控訴人において被控訴人に対し、昭和三八年六月二七日付で、「法人税法第二五条第八項第三号に掲げる事実に該当する。」と附記した通知書により、被控訴人の昭和三三年一月一日より同年一二月三一日に至る事業年度以降の青色申告書提出の承認を取り消す旨の処分(本件取消処分)をしたこと、そこで、被控訴人が昭和三八年七月二七日に控訴人に対し異議申立をしたが、同年一〇月二六日付で棄却され、さらに同年一一月二五日に仙台国税局長に対し審査請求をしたが、昭知四一年四月二二日付で棄却され、右棄却の裁決書謄本を同年五月一五日に受領したことは、いずれも当事者間に争いがなく、そして、被控訴人が法定の訴提起期間内である同年八月一二日に本訴を提起したことは、記録上明らかである。

二  本件取消処分の通知書には、前記のとおり、取消の理由として、該当条項が記載されているのみで、該取消処分の基因となつた具体的事実はなんら記載されていないのであるが、かような処分の適否について、以下検討する。

本件取消処分の根拠法令である旧法人税法(昭和四〇年法律第三四号による改正前の法人税法)第二五条第九項(本件条項)には、「政府は、……前項の規定による承認の取消の通知をするときは、当該通知の書面にその取消の基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するかを附記しなければならない。」旨規定されているところ、この規定の解釈につき、控訴人は、本件条項が附記することを要求しているのは、同法第二五条第八項各号のいずれに該当するかということであつて、取消の基因となつた具体的事実を摘示することまで法は要求していないのであり、そのことは、同法の立法の経過および同法が更正決定その他の処分の場合に理由を附記すべきことを規定していることとの対比から首肯されるところであり、また本件条項は手続的規定であるから、特段の事由がない限り文理解釈すべきが当然であつて、その文言を素直に解すれば該当条項の附記で足りるものというべきであると主張する。

なるほど同法第三二条が青色申告書を提出した事業年度分についてなされた更正または決定の通知につき、「通知の書面にその理由を附記しなければならない。」と規定しているのに対し、本件条項の文言は、前記のようになつているところからみれば、右条項は、控訴人の主張するように、取消の基因となつた事実を具体的に摘示することまでは要求していないものとみる余地がある。しかし、本件条項は、読み方によつては、該当条項を附記するのみでなく、当然にその前提となるべき「取消の基因となつた事実」をも附記することを要求しているものと解することができないわけではなく、したがつて、右条項を形式的に文理解釈するだけでは、いずれとも定め難いところであるから、右の文言のみに捉われずに、この制度の目的、承認取消処分の性質、法が前記のような附記を命じた趣旨にてらして、合理的に右条項を解釈しなければならない。

いうまでもなく、青色申告制度は、申告納税制度を推進する方策として、納税者が帳簿書類を備え付け、取引を正確に記帳することを奨励するために設けられたもので、青色申告書提出の承認を受けた者は、所定の帳簿を備え付けて、これに取引を適正に記帳することが義務づけられる反面、推計課税の禁止、更正の手続、方法の制限など所得計算上および納税手続上種々の特典が与えられているのであるが、その承認が取り消されると、一旦与えられた右の特典が将来にわたつて失われるのであつて、右取消処分は、一時的な不利益を与えるにすぎない更正処分よりも、はるかに大きな不利益処分であるということができる。ところで、旧法人税法が本件条項において、承認取消の通知書に前記のような附記をしなければならないとした趣旨は、青色申告承認取消処分が右のようにその相手方に大きな不利益を与えるものであるところから、処分庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、取消の理由を相手方に知らせることにより、その処分に不服のあるものが提起する異議申立ないし訴訟における異議ないし攻撃の対象を明らかにさせて、不服の申立に便宜を与えることにあると解される。

制度の目的、処分の性質および附記を命じた本件条項の趣旨が右のとおりであるとするならば、本件条項は、取消処分の通知書には、取消の事由として、単に該当条項を記載するのみでは足りず、承認取消の基因となつた事実をも具体的に摘示することを要求しているものと解するのが相当である。けだし、同法第二五条第八項は、青色申告承認取消の事由として、具体的な場合を五つの類型に分け、これを同項の第一号ないし第五号に明文化しているものの、取消の基因となつた事実が右各号のいずれに該当するかを示されただけでは、相手方において、どのような事由によつて取り消されたのか明確に知ることはできず、とくに右第三号該当の場合(本件の場合はこれにあたる。)には、その取消事由は、「当該法人の備え付ける帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載する等当該帳簿書類の記載事項の全体について、その真実性を疑うに足りる不実の記載があること。」という極めて概括的で具体性に乏しいものであるから、該当条項を示されただけでは、どの帳簿書類に、どの取引に関してどのような不実の記載があつたとされたのか全く不明であつて、これにより、相手方が取消の具体的理由を了知しうるものとはとうていいいえず、したがつて、前記通知書には、単に該当条項を記載すれば足りるとしたのでは、前記の法の趣旨、とくに処分の相手方に取消の理由を知らせて不服の申立に便宜を与えるという趣旨は、ほとんど没卸されるに至るからである。したがつて、その取消の基因となつた具体的事実の記載を欠く本件取消処分は違法であるといわなければならない。

この点に関し、控訴人は、青色申告承認取消処分の場合は、更正処分の場合とは異なり、帳簿書類の備え付けと記帳が、法第二五条第八項各号所定の事由に該当するに至つたこと自体を確認し、その承認を取り消すものであつて、個々の具体的数額が直接問題となるわけではないし、また、該処分は、納税者の帳簿書類に信頼性と誠実性とが認められないときに、これを理由としてその承認を取り消すにすぎず、一旦与えた特典を将来にわたつて剥奪するものでもなければ、制裁的機能を有するものでもないし、さらに、承認取消事由は、定型的に明示されているから、該当条項を示されることにより、相手方においてその具体的事実を了知しうるものであり、また、実務の通例として、取消処分に先だち、税務調査担当者によつて当該帳簿書類の調査や種々の質疑がなされ、多くの場合、該処分とともに更正処分がなされるから、相手方において、その更正通知書と承認取消通知書とを対比し、かつ税務調査の全過程を総合して判断すれば、いかなる事由により承認が取り消されたかを十分に了知しうるから、取消通知書に取消の基因となつた事実をも記載すべきものと解すべき特段の合理的理由はない旨主張する。

しかしながら、青色申告承認取消処分は、更正処分の場合のように、個々の具体的数額を直接問題にするわけではないけれども、青色申告書提出の承認を受けた者に税法上与えられる所得計算上および納税手続上の種々の特典を失わせる重大な不利益処分であるから、その相手方に取消処分の具体的理由を示すべき必要性のあることは否定しえないところである。そして、青色申告承認取消の事由は、旧法人税法第二五条第八項において、五つの類型に定型化されてはいるものの、取消の基因となつた事実が右のいずれの類型に該当するかを示されただけでは、相手方において、どのような事由によつて取り消されたのか明確に知ることはできず、ことに本件の場合のように、同条第八項第三号に該当するとされた場合には、右規定の内容が極めて概括的であるため、該当条項を示されただけでは、備え付けのどの帳簿書類にどの取引に関してどのような不実の記載があつたとされたのか全く不明であつて、これにより、相手方が取消の具体的理由を了知しうるものといいえないことは、前記のとおりであるし、また、実務の通例として、承認取消処分に先だち、税務調査担当者の手によつて当該帳簿書類の調査や種々の質疑がなされ、多くの場合、該処分とともに更正処分がなされることは、控訴人主張のとおりであるとしても、当該帳簿書類の調査や種々の質疑がなされただけでは、取消通知書に記載された前記の該当条項をも参酌しても、相手方において、その取消の具体的理由を了知しえない場合がありうるし、また、青色申告承認取消処分が常に更正処分を伴うものとは限らないのであるから、控訴人の前記主張は、にわかに採用し難いところである。そして、同一の事実が青色申告承認取消の事由と更正処分の事由とに重複して該当する場合、控訴人主張のように解するならば、更正処分のみがなされ、承認取消処分がなされないとき(かような場合は、比較的軽微な事案であろう。)には、旧法人税法第三二条により、更正通知書にその具体的理由が明示されるのに反し、青色申告承認取消処分のみなされるとき(この場合は、右の更正処分のみなされる場合より通常重い事案であろう。)には、その具体的理由が明示されないという結果を招来することになり、その均衡を失するものといわなければならない。

つぎに、控訴人は、本件の場合、被控訴人において異議申立のさいには本件処分の具体的理由を十分了知していたものであり、このように、処分の相手方において処分通知書の記載と他の事情と相俟つてその具体的理由を了知しまたは了知しうる場合には、処分通知書に取消の基因となつた事実まで記載する必要はない旨主張する。しかしながら、前記のような法の趣旨に徴すると、取消の具体的理由は、取消通知書の記載自体において明らかにされていなければならないのであつて、たまたま、相手方が税務調査担当者にその理由を問いただすなどしてこれを了知し、または、了知しうる状態にあつたからといつて、その記載が不要とされるものではないと解すべきである。

さらに、控訴人は、本件の場合、審査請求に対する裁決書において具体的理由が示されているから、これにより取消通知書における理由附記不備の瑕疵は治癒された旨主張する。

しかしながら、原処分に対する審査請求についてなされた裁決において理由が明示されたとしても、これにより、直ちに原処分の理由附記不備の違法が治癒されるものではないと解すべきである。けだし、もし控訴人主張のように、原処分に理由附記の不備があつても、審査請求に対する裁決書に原処分についての十分な理由が附記されることによつて原処分に存した蝦疵が治癒されるとするならば、審査請求をまつて裁決庁において裁決の段階でその理由を示せば足り、原廼分庁としては、原処分の理由附記を軽視してもよいということになり、それでは、処分の理由を処分と同時に知らされるべきであるという相手方の利益が全うされなくなるばかりでなく、原処分庁の処分がそれだけ安易になされることにもなりかねない(理由附記の軽視は、ともすれば理由自体の軽視を招くことになる。)のであつて、かくては、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制しようとする理由附記の制度の趣旨が失われることになるからである。

右のとおりであるのみならず、〈証拠省略〉によれば、本件取消処分に対する審査請求についてなされた仙台国税局長の裁決書には、右審査請求を棄却する理由として、「請求法人の仕入先東全ゴム工業株式会社から受入れた景品代および歩戻金は、東全ゴム工業株式会社からあらかじめ取引数量による算定基準表が送付されており、また同社が月次送付する請求書にもこれらの金額を明示し、これを前月残高から差引いて当月残高を算出する形式により記載されている事実が認められる。したがつて、請求法人が当該歩戻金等のあることを了知していたにもかかわらず、現在期間に至るまで収入金に計上しなかつたということは、昭和四〇年法律第三四号による改正前の法人税法第二五条第八項第三号の規定に該当するものと認められるので、原処分庁の青色申告承認取消処分は相当である。」と記載してあることが認められるところ、右理由の記載は、本件取消処分が訴外東全ゴム工業株式会社から割り戻された景品代および歩戻金に関する記帳等の不都合を理由としてなされたことを示しているのみで、その割戻しの時期、金額や被控訴人の帳簿書類にどのように不実の記載がなされたのかについては何ら具体的に明らかにしていないのであるから、かりに控訴人の主張するように、裁決書に理由を記載することによつて原処分の理由附記不備の瑕疵が治癒されるとの見解に従つたとしても、本件取消処分の前記瑕疵は依然として治癒されていないものといわなければならない。

三  以上の次第で、本件取消処分は違法であるから、その取消を求める被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は、正当というべきである。

よつて、民事訴訟法第三八四条第一項、第九五条本文、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松岡登 横畠典夫 小泉祐康)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例